- 2007年12月9日 原美術館
ピピロッティ・リスト展の看板
スイスの女性アーティスト、ピピロッティリストの展覧会『からから』を観に、初めて原美術館に行った。こちらは、住宅街にひっそりとたたずむ、小さくておしゃれな私立の美術館。元は実業家原邦造の邸宅であったが、孫の原俊夫が美術館として開放し、主に現代美術を中心に扱っている。とても雰囲気が良く、「こーんなステキなところ、デートにぴったりね♪」とか思ったりするのが、独り身には逆に堪えた冬の日だった。品川駅からさほど遠くはないが、この日はリッチにタクシーで移動。
リストの作品たちは、原美術館の、工夫されかつ非日常を感じるつくりとよく合っていると感じた。まず、入ってすぐの部屋の作品「星空の下で」で、日常世界からぐっと引き離されたような気がした。狭く静かな部屋の中で、不思議な音楽が流れ、床には映像が流されている。その映像は、景色や人物を幻想的に映し出し、ぐるぐるとまわったり奇妙な動きをしていたりしていて、まるで吸い込まれるようで、客みんながそれをじっと見つめていたのが印象的だった。また、他の映像作品として印象的だったのは、「溶岩の坩堝で我を忘れて」というもの。床板に開いた3センチほどの小さな円に映像が流れ、そこでは炎にのまれ助けを求め訴えかけるリストの姿。ぼけっとしていたら見逃してしまいそうな作品だが、見つけた時の驚きや、その穴からの訴えを見つめてもどうしてあげることもできないもどかしさに、はかなさ、切なさ、ユーモラスを感じた。立体作品では、「ダイヤモンドの丘の無垢な林檎の木」、「部屋」という作品が個人的に気に入った。前者では、森の中にいるかのように張り巡らされた木の枝に、たくさんの透明なパックやプラスチックごみなどが吊り下げられていて、それらは光に照らされ、その姿が寂しげに壁に映し出されていた。今の環境問題や地球について考えさせられたが、その光景はあまりに幻想的で美しく、とても複雑な気持ちになった。後者の作品は、とある部屋がまるごと大きなサイズで作られているもので、まるで自分が小さな存在になってしまったような、子供時代に戻ったかのような錯覚が味わえた。ソファに座ろうとも、頑張ってよいしょと上らなければならないほど。靴を脱いでソファの上に上がり、足をぶらぶらさせながらテレビをみると、自分がおてんばになったような気がしてとてもわくわくした。彼女の作品は、全体を通して、静けさの中にパンチが効いていて、それを観る各人が、様々な解釈で理解することのできる可能性を持っていると思った。とても興味深く、おもしろい展覧会だったと思う。
この日の目的のひとつとして、ゼミで1月に開催する展覧会「ボリシネ」での設営するショップの案のために、ショップがどんな感じなのか、展示方法はどのような感じなのかを参考にする、というのがあったので、ショップ見学の時間も長めにとった。梅垣・片寄は、ピストルになる手袋を買ってご満悦。帰りはタクシーは使わず歩きで。最後に駅前のファミレスで、ボリシネをどうするかについてじっくりと話し合った。なんかどうも、学校よりも飲食店での方が話もアイデアも盛り上がるよな...という妙な傾向をひそかに感じつつ、リストから受けた影響とファミレスご飯で、胸と腹をいっぱいに満たし、その日のゼミは終了したであった。


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