コンセプト/経歴

アートとしての「フィールドワーク」


私は、アートが積極的に社会と関わることが重要であると考え、公的な空間や場所におけるアートの可能性について探ってきた。


自らの制作を進めていく中、サイト・スペシフィック・アート、地域コミュニティーにおけるアート、パブリック・アートなど、従来の実践について多くの問題を感じるようになった。これらのプロジェクトは、実施された地域の特殊性や地域の人々との関係を考慮することなく計画され、そこに住む人々のためにあるのではなく、美術館で鑑賞される作品のようにあたかも「展示」されているように思われたからである。

そのような状況の中で、地域や地域の人々のための作品やプロジェクトを生み出す方法を見つけたいと考えていた。そのためには、地域の人々とのより深い関係を構築する必要があった。さまざまな方法を参照し、実践していく中で、「フィールドワーク」が地域や地元住民の生活を理解するための非常に有効な手法であることを知り、特に人類学者のアプローチは私が実際に行うフィールドワークのモデルとなった。人類学で行われている「フィールドワーク」のアプローチは、アンケートなどの一般的な社会調査と違い、実地調査の過程の中で、その地域についてより詳細な情報を得ることができ、また個人についてもより深い理解をもたらしてくれる。

「フィールドワーク」から「ミュージアム」へ


以上のような経緯から、私のアート・プロジェクトは、地域の調査や作品の制作において人々との共同作業をともなうようになった。また、作品の最終的なプレゼンテーションの方法として、「博物館」や博物館で見られる「キャプション」の手法を多く用いている。こうした手法を作品に取り込むことにより、取材した一つ一つの事柄が、作品に関わった人々や訪れた観客にとって大切で慈しみを持った出来事になる。

例えば、ある地域で生活している人々に、その地域での生活や場所との関わりなどを取材し、その成果を「博物館」という形で公開する(グライズデール博物館、雲谷博物館、代官山博物館、タピー博物館など)。また、地域の人々にお願いして地域で起こった思い出深い体験を聞き取り、それらを基にキャプション(サインボード)を制作、実際にその出来事の起こった場所に設置する(My Place in Antalya、Grizedale、Moya、Muritz National Park、Le Vent des Fore^tsなど)。これらの博物館やキャプションを巡っていくことで、個々の人生を振り返ることができると同時に、個人を通して、その地域に住む人々の営みや場所との関わり、町の表情や歴史などが浮かび上がる。

コミュニケーションの場として


これまで見てきたように、フィールドワークは私のプロジェクトの根幹をなすものである。最後に、人類学でのフィールドワークの方法論と私自身のフィールドワークについて比較検討したい。


人類学者は個人に対してのフィールドワークに基づき、民族誌や論文として結果を導き、他の文化との類似点および相違点を明瞭に表現しようとする。それとは対照的に、私のフィールドワークは、個人に対してのフィールドワークからスタートするが、その結果は個人に還元される。したがって、私の実践では地域における「個人」が明瞭に表現され、地域と個人の関係が明らかにされる。調査の結果は地域で示され、地域の住民とのコミュニケーションに対し、影響を与えようとする。最終的なプレゼンテーション方法に関しても地域の人々と相談し、地域に最も適切な形を模索していく。私のプロジェクトは、このように周囲のコミュニティーを巻き込むような形をとるが、いわゆる「コミュニティー・アート」ではない。プロジェクトの参加者の名前、癖、個人史、その人と地域との関係などを知ることで、参加者一人一人と個人的な関係を築くよう試みている。


また、私はマスレベルではなく一対一のコミュニケーションの問題について検証することに関心があり、プロジェクトを通じて既存の枠組みを超えたアートの可能性を探っていきたいと考えている。本カタログで紹介しているように「博物館」や「キャプション」をプロジェクトのための媒体としてよく使用するが、これらの実践はいわゆる「インスティテューショナル・クリティーク(博物館などの体制批判)」ではない。私の「博物館」や「キャプション」はあくまでコミュニケーションの場として地域や人々に提供される。このようなプロジェクトを通じて、個人から広がる地域と場所との関係が目に見える形になり、生活や地域の表情がわかりやすい形で人々に示されていく。そのことがさらに地域でのコミュニケーションを生み、人々と地域により密接な関係を作り出す結果となる。


このようなプロジェクトを通じて人々がつながり、お互いのさまざまな考えを交換できる有機的な場を創りだしていきたい。アートにはそうした個人間のコミュニケーションの場や機会を創りだす可能性があると考えている。


※ 本稿は、2003年9月26日−28日にロンドン、テート・モダン美術館で開催されたアートと人類学についての国際シンポジウム「Fieldworks: Dialogues between art and anthropology」において発表された「Art of One-to-One Communication: Case Study on Tatsuo Inagaki’s ‘Museum’ Projects」を再構成したものである。同シンポジウムでは、「フィールドワーク」をキーワードに、各国のアーティストや人類学者の研究課題において共通した問題やお互いの連携の可能性について議論され、それぞれの分野でのアプローチが報告、検証された。私の実践も、その有効な例として紹介された。

 

補遺 プロジェクトのプロセスについて
私のこれまでに行ったプロジェクトは、基本的に次のようなプロセスを経て実施されている。

1. 地域の人々へのインタビュー
滞在先の地元のある特定のコミュニティーを調査する。調査対象となるグループの選定は、私の調査活動中に見えてくる地域からの要請などを考慮して決定される。

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2. プランニング
フィールドワークを基に、展示計画や関連イベントのプランを考える。プランは地域の人々の日々の生活やその地域に必要な事柄を考慮して決定される。アイディアを地域にフィードバックし、さらに地域にとってふさわしいものになるようにプロジェクトに修正・追加を加えていく。

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3. コミュニケーションのための場所を創る
地域でのさまざまな条件を考慮し、また地元の人々の協力の下、「博物館」などのコミュニケーションの場を作っていく。

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4. 場を共有する
「博物館」を訪れた人々は、一人の人間が持つ多彩な側面や人と人とのつながり、あるいはより生な個人といったものを体感することであろう。一対一のコミュニケーションという観点から、美術館やアートの新しい可能性を模索する有機的な場を提示する。

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5. ワークショップとレクチャー
地元の人々とともに、その地域に関連したワークショップやレクチャーを行う。ワークショップやレクチャーを通じて、地域と人々とのつながりについてよりいっそう理解が深まる。

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6.ドキュメンテーション
プロジェクトの過程で、地域の貴重な資料が数多くストックされる。それらの資料のアーカイブとしてカタログやウェブサイトを作成する。

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経歴

Selected Projects

 

2004 Childhood Museum、Localismos、メキシコシティ[カタログ]
2003 My Place、Cultural Heritage and Contemporary Art、アンタルヤ、トルコ[カタログ]
2002 グライズデール博物館、グライズデール、イギリス (レジデンス)
雲谷博物館:川越昭四郎と雲谷、国際芸術センター青森、青森(レジデンス) [カタログ]
2001 代官山博物館:トムさんと代官山、代官山インスタレーション、ヒルサイドウェスト、東京[カタログ]
My Place、アーカスプロジェクト、守谷[カタログ]
タピー博物館、LA インターナショナル・アート・ビエンナーレ、18th Street Arts Complex、サンタモニカ、米国 (レジデンス)
2000 私の好きな絵、ロンドン大学ロイヤルホロウェイ校、ロンドン、イギリス
ダーレ博物館、Nordic Artists’ Centre in Dale、ダーレ、ノルウェー(レジデンス)
フョルダーネ美術館へようこそ!、The County Gallery of Sogn og Fjordane、フォルデ、ノルウェー
1999 My Place、第8回ミューリッツ国立自然公園野外シンポジウム、ミューリッツ国立自然公園、ドイツ[カタログ]
My Place、Le Vent des Fore^ts、ムーズ、フランス[カタログ]
1998 美術館の美術館、不思議の国の美術館、福岡市美術館、福岡[カタログ]
Swedish Language School、EVENTA4、ウプサラ、スウェーデン
1996 トライアル ドメイン、Trial Domain ‘96 多摩美術大学附属美術館、東京[カタログ]
Japanese Language School、Japanese Artists in Hamburg、Kampnagel K3、ハンブルグ、ドイツ[カタログ]
1992 Found Objects、Idea from Japan、Perth Institute of
Contemporary Arts、パース、オーストラリア
Found Objects、The 2nd Visayas Islands Visual Arts Exhibition and Conference、バコロド、フィリピン
5000 Sticks、Nature and Culture、フーズム、ドイツ[カタログ]
1991 Found Objects、ボイスを考える部屋、ワタリウム、東京


アーティスト・イン・レジデンス


2002 Grizedale Arts、グライズデール、イギリス
国際芸術センター青森、青森、
2001 18th Street Arts Complex、サンタモニカ、アメリカ
2000 ロンドン大学ロイヤルホロウェイ校、ロンドン、イギリス
Nordic Artists’ Centre in Dale、ダーレ、ノルウェー


奨学金・助成金

2003 ポーラ美術振興財団(日本)
2001 Art by XEROX (日本)
国際交流基金(日本)
国際交流基金(LA、アメリカ)
ACC (アジアン・カルチュラル・カウンシル、ロックフェラー財団)(アメリカ)

 

論文・エッセイ

2004 一対一のコミュニケーションのアート:稲垣立男の「博物館」プロジェクトにおける事例研究、稚内北星学園大学大学紀要2004、稚内北星学園大学
2003 Art of One-to-One Communication: Case Study on Tatsuo Inagaki's 'Museum' Projects、Fieldworks: Dialogues between art and anthropology、テートモダン、ロンドン、イギリス(学会発表)
1998 美術館の美術館、「不思議の国の美術館」カタログ、福岡市美術館
1996 Fieldworkについて、FREAK OUT vol.12 1996、光琳社

 

レクチャー・ワークショップ

2002 子供のためのワークショップ、国際芸術センター青森、青森[カタログ]
2001 ワークショップ(郷州小学校、松前台小学校、御所ケ丘小学校)、アーカスプロジェクト、守谷[カタログ]
2000 マグナカルタ中学校の生徒のためのワークショップ、Picture Gallery、ロンドン大学ロイヤルホロウェイ校、ロンドン、イギリス
1998 ギャラリートーク “不思議の国の美術館” 福岡市美術館、福岡
レクチャー “What supports art”茅ケ崎市美術館、神奈川
1996 ワークショップ “Trial Domain ‘96”多摩美術大学付属美術館、東京
レクチャー “Japanese Artists in Hamburg”Kampnagel K3、
ハンブルク、ドイツ

 

文献目録

2002 雲谷博物館:川越昭四郎と雲谷
浜田剛爾「稲垣立男の記憶の博物館構想」『国際芸術センター青森 2002年・春のプログラムVol.1 アーティスト・イン・レジデンス記録集』pp. 56 −57、青森
 
2001 My Place (守谷)
レビュー『常陽新聞』11月16日、茨城
レビュー『毎日新聞』11月16日、茨城
難波祐子「稲垣立男のアートにおけるコミュニケーションの可能性について」『美術批評2001』pp .83 −88、東京
2000

タピー博物館
Barbara Pollack「family album」『arts international』p. 15、fall 2001、ニューヨーク、アメリカ
「Artist Inagaki Creates a Special Museum of a Local
Residents」『羅府新報』8月8日、ロサンゼルス、アメリカ
「Japanese Artist Makes A Life Into A Museum」『サンタモニカ ミラー』8月8 −14日、サンタモニカ、アメリカ
ダーレ博物館
Astrid Kolbornsen「Skjevt blikk pa norske kuer」『BERGENS TIDENDE』2月22日、ベルゲン、ノルウェー
Katrine Sele「Utdrag fra ei Japansk dagbok」『FIRDA』2月22日、フォルデ、ノルウェー
フョルダーネ美術館へようこそ!
Katrine Sele「Kultursjefens sko som kunst」『FIRDA』2月24日、フォルデ、ノルウェー

1999 My Place (Le Vent des Fore^ts)
Lysiane Ganousse「La fore^t prend le vent」7月4日、ムーズ、フランス
1996 篠原誠司「稲垣立男の作品について」『FREAK OUT vol.12 1996』pp.14 −19、東京
「Hamburg-Japan day ‘96」P. 36、ハンブルク、ドイツ
1995 平野到「レビュー」『美術手帖』p. 180、東京、
1991 プレビュー『エニイNo.41』p. 85、6月27日、東京
プレビュー『Hanako No.152』p. 41、6月、東京
1989 「Vieplan Art Scope」『ビプランvolume 2』12月、p. 36、東京

1988

 

倉林靖「レビュー ART ‘88 OCT」『美術手帖』p. 208、東京