法政大学国際文化学部 稲垣立男研究室3年 大西麻耶
1. はじめに
私たち法政大学稲垣立男研究室は、2009年7月26日~9月13日に新潟県十日町市、津南町で開催された「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2009」に参加しました。十日町市中里地区にある干溝集落のみなさんとの共同プロジェクトとして、干溝集落の歴史や現在の姿を展示した仮設博物館などを制作する「干溝博物館」プロジェクトを行いました。
- 作品番号 : 118「干溝博物館」プロジェクト
- 法政大学国際文化学部 稲垣立男研究室 【日本】
- 2009年文化庁「文化・芸術による創造のまち」支援事業
(大地の芸術祭ウェブサイトの作品紹介ページ http://www.echigo-tsumari.jp/2009autumn/artworks/index.php?id=500)
2. コミュニケーションとアートについて
稲垣研究室の研究テーマは「コミュニケーションとアート」です。2007年から活動をはじめ、これまで様々な地域コミュニティや人とのコミュニケーションを軸としたプロジェクトを行ってきました。地域の子どもたちとのワークショップや、地域の方と共同で行うアートプロジェクト、地域に密着した仮設博物館の制作などがあります。これらは、地域に住む人々を結び、交流の場を作ることを主な目的としています。タイ・チェンマイでのプロジェクト、茨城県守谷市での未就学児向けワークショップ「親子で楽しむアート」など、地域からの要望により複数年に渡って継続的に行っているものもあります。
3. 越後妻有アートトリエンナーレについて
今回参加した越後妻有アートトリエンナーレは、越後妻有地域(新潟県十日町市+津南町)の里山を舞台に3年に1度開催される世界最大の国際芸術祭です。地域に内在するさまざまな価値を、アートを通じて掘り起こし、その魅力を高め、世界に発信し、地域再生の道筋を築いていくことを目指して2000年にスタートしました。以来、2003年、2006年と続き、2009年の今回で第4回目の開催となりました。地域と都市、アーティストと里山、若者とお年寄りの交流と協働の中から生まれた約350点ものアート作品が、集落や田んぼ、空き家や廃校などで展開されました。
私たち稲垣研究室は、十日町市中里地区の干溝集落でプロジェクトを実地しました。干溝集落の歴史は長く、縄文から続いています。周辺地域では珍しく、海外を含む集落外からの移住者を受け入れてきた同集落には、新しい住民と古くからの住民が共同で1つのコミュニティを形成し、共存してきたという特徴があります。集落の人々は、日々の生活や季節ごとに行う行事などを通して交流し、賑わいを見せてきましたが、時代の移り変わりによる少子・高齢化や生活習慣の多様化に伴い、かつての「古き良き」コミュニティ像は少しずつ変化してきました。今回のプロジェクトは、大学の研究室が集落の人々と協働することで、人と人との交流の場を生み、地域の歴史を見直す機会を作り、地域を活性化することをねらいとして企画しました。
4. 制作のプロセス
私たちが作品制作を始めたのは、2008年末のことでした。作品制作を始めるにあたり、まずは干溝集落についての理解を深める必要がありました。そこで、冬から春にかけては、季節ごとに行われる行事などに参加しながら、干溝の方々と交流を深めたり、作品のイメージを膨らませるための素材集めをしたりしました。「雪原カーニバルなかさと」というイベントでは、十日町市のなかさと清津スキー場で、集落の出店している屋台の店番や、ゲレンデを埋め尽くすほどのキャンドルに火を灯す作業のお手伝いをしました。新潟という雪国ならではの寒さを、初めて肌で感じました。雪解け後、春先になって行われる「せぎ払い・わいわい祭り」というイベントでは、集落の全員で田んぼのまわりのせぎ(溝)掃除をしてからみんなで手分けして準備をし、お料理を食べたり、お酒を飲んだりと楽しく過ごします。私たちもこれに参加させていただいたことで、干溝の方との距離がぐんと縮まったようにと思います。一方この頃、大学でのゼミの時間には、具体的にどのような作品を作っていくか話し合いました。干溝に行ったことがない学生が大半だったので、既に行ったことのある学生が中心となり、これまでのリサーチやインタビューで得た情報を共有しました。話し合いの結果、決まったのは集落の全世代を繋ぐことのできるキーワードである「子ども時代」をテーマとした作品を作るということと、作品の展示場所として、一風変わった形の空き家をお借りするということでした。
5月の連休中には大人数で干溝へ行き、お借りした空き家の大掃除を行いました。このとき、集落のみなさんが親睦会を開いてくださり、みんなでお酒を飲みながら、干溝で採れた野菜やお米をいただきました。都会とは違った干溝ならではのよさを感じた瞬間でした。この親睦会では、ビデオカメラとメモ帳を持って「子ども時代」に関するインタビューもしました。干溝の方が自分たちの住む地域の歴史にとても詳しいことに驚きました。また一回りも二回りも違った世代の方々とお話すると、初めて知ることばかりで、とても興味深く感じました。その後、インタビューの内容などを基に、より具体的にどのような作品を作るかという議論をしました。結果、そこで生まれたアイディアのほとんどを実際にやってみることになりました。テレビ番組制作、コンビニ制作、秘密基地制作、スタンプラリー制作の4グループに分かれての作業となりました。
毎週末干溝に通っての作業がはじまりました。また、毎週土曜日の夜には「干溝子ども会議」という子どもたちとのワークショップも行うことになりました。私たち学生は、普段通りの大学生活を送りながらの活動なので、干溝に行くメンバーは毎週交代でした。そこで、干溝に行くメンバーが、グループの枠を越えて必要な素材集めやインタビューを行い、ゼミの時間は週末に集めた素材を使ってグループごとに制作を進め、また週末になると現地でしかできない作業を行う......というサイクルが出来上がりました。干溝子ども会議では、主にコンビニとテレビ番組制作に関する作業を行いました。いたずら盛りの小学生が大勢集まるので、話を聞いてもらうだけでも一苦労でした。男の子は照れたり反抗したりしながら、女の子は真剣に楽しそうに取り組んでくれました。このようにして干溝のみなさんのご協力をいただきながら準備をすすめてきましたが、開幕前日はたくさんの作品の仕上げ作業+展示場所の準備や飾り付けなどに追われ、みんな徹夜で作業を行いました。大掛かりな作品制作や、設置作業では干溝のみなさんの熱意やものづくりの技術にたくさん助けていただきました。干溝博物館プロジェクトは2009年7月26日、たくさんの力が集まり無事完成しました。
5. 作品について
越後妻有アートトリエンナーレ2009の開幕に合わせ完成した干溝博物館プロジェクトは、干溝博物館と薬師様エリアの2会場での作品展示となりました。
干溝博物館(3階建て)
1階
●干溝コンビニ
子どもたちの「干溝にあったらいいな」を形にしたコンビニです。お店に並ぶ商品は、子どもたちがワークショップで描いたスケッチを基に私たち学生が様々な材料で作ったマケットで、すべて干溝オリジナルの商品です。台所にダンボールで棚を作成して作られたコンビニですが、台所に商品が並ぶことに違和感を感じさせないところが魅力です。
●干溝テレビ
子どもたちがレポーター、ナレーションを担当したり、CMのキャッチフレーズを作ったり、アフレコをしたりと、さまざまなことに挑戦し、私たち学生がその取材や編集作業を行って制作したテレビ番組を放送しました。「干溝子どもニュース」や干溝にある企業のCMなど、干溝集落をテーマにした番組です。
【番組案内】
・ 干溝子どもニュース(ニュース・天気予報)
・ 6カ国語講座(干溝の話題を様々な言語で言ってみる外国語講座)
・ 干溝わんこめぐり
・ 干溝にある企業のCM
●秘密基地模型
子どもたちの思っている秘密基地のイメージを絵で描いてもらいました。これらを基にして、学生が模型を作りました。
2階
●子ども時代の写真
干溝のみなさんにお借りした子ども時代の写真を、壁を埋め尽くすように貼りました。干溝の方が見に来ては、なつかしそうに思い出話をしていらっしゃった姿が印象的でした。
●子ども時代の遊び道具
みなさんにお借りした子ども時代使っていた遊び道具を展示しました。雪国ならではの昔の子ども用スキーやそり、魚とりに使った箱メガネや魚籠、やすなど。
3階
●こどもたちが遊べる空間(秘密基地をイメージ)
子どもたちのイメージする秘密基地に多かったアイテムであるハンモックと時計を取り付けました。屋根裏の狭い空間が秘密基地の雰囲気を醸し出します。
●制作過程で撮影した写真
実物大の秘密基地を制作したときの写真などを壁一面に貼りました。
●制作過程で記録した写真のスライドショー
ポータブルDVDプレーヤーで2008年末から2009年夏までの記録を上映しました。
薬師様エリア
●家族のぼり
組ごとに色分けされた86本ののぼり旗は、一枚が一世帯を表し、家族の人数+ペットの数=合計という数式と、家族の名前、大切にしていることばが記されています。
●秘密基地
子どもたちのスケッチを基に、干溝の方と稲垣研究室が共同で作成した実物大秘密基地です。3つの秘密基地を作りました。
その他
●スタンプラリー
干溝の散策を楽しめるよう、干溝に関するクイズとスタンプを会場周辺の計8カ所に設置しました。スタンプ全てを集めると一つの絵が完成する仕掛けです。
●干溝Tシャツ
大地の芸術祭のために、十日町市主催の「おもてなし事業」助成で干溝のTシャツを制作しようと干溝集落が考案し、デザインを研究室の学生が手がけました。
6. 感想
生活環境や年齢、様々な面において異なる人たちと協働するというはじめての経験をした半年間でした。干溝のみなさんが暖かく私たちを受け入れてくださったことに感謝しています。約350もの作品が作られた大地の芸術祭の中で、こんなにも地域の方と作家が密着して作られた作品はないのではないかと思っています。新鮮なお野菜をいただいたり、たくさんの蛍を見につれていっていただいたり、作品制作以外でも、心が潤う経験をたくさんさせていただきました。私たちが干溝に通って感じた良さを作品に込めたいと必死で考えたアイディアから生まれた作品が、少しでも干溝の方々の心を動かし、また見に来てくださった方々の心に訴えかけていればとてもうれしく思います。
関連事業として、トリエンナーレ閉幕間際の9月6日に「地域コミュニティとアート」というシンポジウムを行いました。干溝集落センターに熊倉敬聡氏(慶応大学教授)、日沼禎子氏(青森国際芸術センター学芸員)をお招きしてお話を伺いました。また、12月16日には法政大学にて、越後妻有アートトリエンナーレディレクターの北川フラムさんをお招きしてやはり「地域コミュニティとアート」をテーマにしたシンポジウムを行いました。シンポジウムは、外部にこのような活動を発信できるだけでなく、開催者側にとっても多くを学べる機会でした。また、12月20日には「反省会」という名目で再び干溝集落を訪れ、さらに親交を深めました。干溝集落のみなさんとはトリエンナーレ終了後も、共同で作品の撤収作業を行ったり、反省会で再び干溝集落を訪れたり、私たち研究室のブログ上でやり取りするなどの交流が続いています。今後も今回の活動で生まれたつながりや、学んだことを大切にしながら様々な活動を展開していきたいと考えています。2012年に実施予定の次回越後妻有アートトリエンナーレにも、干溝集落のみなさんと法政大学稲垣研究室の共同作品が再び出品できることを願っています。
参考文献
『大地の芸術祭 越後妻有トリエンナーレ2009公式ガイドブック アートをめぐる旅ガイド「美術手帖」2009年 08月号増刊』東京、美術出版社、2009、202p
北川フラム、大地の芸術祭実行委員会『大地の芸術祭―越後妻有アートトリエンナーレ2006』東京、現代企画室、2007、304p
暮沢剛巳/難波祐子『ビエンナーレの現在―美術をめぐるコミュニティの可能性』東京、青弓社、2008、272p
関連ウェブサイト
稲垣立男研究室ブログ http://inagaki-seminar.blogspot.com
干溝博物館ブログ http://himizo-museum.blogspot.com
大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2009「干溝博物館」プロジェクト http://www.echigo-tsumari.jp/2009autumn/artworks/index.php?id=500
妻有日記 法政大学国際文化学部稲垣研究室 干溝博物館の子どもたちhttp://www.echigo-tsumari.jp/tsumaridayori/2009/07/post-76.html
コンセプト
新潟県十日町市南西部に位置する干溝集落は、縄文からの長い歴史を持つ集落である。周辺地域の中では珍しく、古くから集落の外や海外からの移住者を受け入れてきた集落であり、新しい住民と古くからの住民が共同で一つのコミュニティを形成し、共存してきたという意味において、特徴的な歴史を持つ地域である。
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新潟県十日町市干溝集落
日々の生活や四季折々のさまざまな行事などを通じてコミュニティを形成してきた同集落ではあるが、時代の変化による少子・高齢化および生活習慣の多様化に伴い、そのつながりを継続することは年を追うごとに難しくなり、かつての「古き良き」コミュニティ像は少しずつ崩れはじめている。人と人を結ぶ縁を再びつなぎ、地域が活性化し、新しいつながりを模索するために、これまでの独自の集落形成の取り組みに加えて、集落だけでは取り組みにくかった新しいアプローチを開拓するために法政大学国際文化学部稲垣立男研究室(以下稲垣研究室)と住民との共同による住民参加型の事業を実施する。地域活性化のためのプロジェクト型事業を通じて、新たなコミュニティの形成を試みる。
プロジェクトの実際
実際のプロジェクトでは、聞き取り調査や各戸に残っている文献資料からの地域調査、また地域をテーマとした住民参加型のワークショップなどを通じて干溝の歴史・記憶を紐解いていく。さらにそれらの調査を基とした仮設の地域博物館などを設置する。
地域調査においては、事前に干溝についてキーとなる事象についてテーマを設定(例:干溝の生活、週間や行事、できごと)し、聞き取り、アンケートなどの調査をする。またワークショップでは、新しい住民が集落での過去の営みを実際に体験する機会や子供たちとのお話し会、他の地域や海外からの移住者などの文化紹介ためのワークショップなどを開催、干溝集落の住民はもちろん他地域の住民も参加し様々な文化を共有する場を開く。それらの成果の集大成を仮設の地域博物館、『干溝博物館(ミュージアム)(仮称:地元小学校からの公募などで名称決定)』として一定期間展示を行う予定である。『干溝博物館(ミュージアム)』では、地元の人々や外から訪れる人々が集い、憩い、自分達の考えや思い出を語り、自分の故郷や愛する人々との関係に想いを馳せるコミュニケーションの場となり、人々と集落との関係についての理解を深め、この地域の生活や日々の体験を共有することができる。
事業実施に期待する成果、効果
地域の活性化
集落住民と学生の交流、老人からこどもまで地域住民同士の交流、地域外の人々との交流を生む。ヒアリングと展示によって地域に残る生業、技、知恵を伝承し、地域の歴史を見直し発信することで、地域に対する誇りの醸成が生まれる。
また、このプロジェクトは、2009年度開催の越後妻有アート・トリエンナーレ開催後も継続して続けられる予定となっており、同集落で実施される地域調査を基としたプロジェクト型事業の新しい取り組みは、今後の地域活性化のためのひとつのモデルケースとなることが期待される。
学生の育成
このプロジェクトでは、稲垣研究室の学生および新潟県下の大学の各ゼミナールの学生が集落の人々やアーティスト、大学教員と協力して研究・運営に取り組む予定である。
大学が典型的な中山間地の集落に入り、リサーチのみならず、今後の展望を含めた活動を展開をすることは、都市と農村、あるいは高齢者と若者という対照的な二者が深く関わる新たな協働のモデルとなりうる。また、地域文化の伝承および、記憶の蓄積は関わる学生にとって大学というキャンパスでは学び得ない、真の体験となるだろう。



