甘やかな記憶の居場所:
稲垣立男のトルコ・アンタルヤでのプロジェクト
日本学術振興会海外特別研究員(イスタンブル工科大学)
ジラルデッリ青木美由紀
「この国では、あまりにもいろんなことがすぐに変わってしまうから、変わらないものを見つけて、おもわず涙ぐんじゃったの」。
以前、数年間の米国留学経験のあるトルコの友人と、地中海のちいさな村でバカンスをしたとき、船でしかいけない、余計なもののなにもないこの村の魅力を語りながら、彼女はそう言った。
80年代以降、閉鎖経済から自由経済に移行したトルコは、おそらくこの20年のあいだに、日本が40年かけて経験したすべての変化を、一気に受容した。裕福な階層出身にもかかわらず「子どものころ、冷蔵庫なんてどこのうちにもなかったよ」という70年代生まれのある友人も、普通の人も、いまや誰もが携帯電話をもち、メールをやりとりしている。しかし、この物質的繁栄とひきかえに失ったものの空白にひとびとが気付きはじめたのは、最近のことだ。
今回稲垣立男のプロジェクトの舞台となったトルコのアンタルヤ旧カレ・イチ市街も、そのような繁栄と空白を如実に感じさせる場だった。かつて子供達が遊び、女たちが井戸端会議に花を咲かせた通りに生活の影はなく、見事な木造の伝統住宅の建物だけがのこり、それを改装したホテルと土産物屋と、道行く人にあわよくば一枚の絨毯か陶器の皿を売り付けようとする若者の「いビッテ・シェーンらっしゃい」という声がかわりを占める。賑やかな観光地のはなやぎと裏腹に、いっしょに地中海にいった友人のことがなんとなく思い出された。
稲垣立男とともに炎天下のアンタルヤ旧カレ・イチ市街をめぐり、かつてそこに住んでいたひとびとの思い出を聞きながら、通訳するこちらのほうがときに言葉につまってしまうことがあった。失われたものへの愛惜であったり、どうしようもない孤独であったりする語り手の真実が、ある一瞬のうちに見えてしまうのだった。そしてどの真実も、その語り手の人生とカレイチという<場>と、ぬきがたく結びついている。
「話してくれることが事実とちがっていても、それはそれでいいんです。脚色や美化も含めて、思い出ですから。」
取材をかさねていくうちに齟齬がでてきたときに、稲垣立男のいった言葉が印象に残っている。
近年、文字で書かれたドキュメントのみにソースを頼らない、口オーラル・ヒストリー承の歴史という手法が、歴史学や民俗学の分野で注目されている。口承の歴史が、人の話を聞き、事実関係をつなぎあわせることで共同体の記憶を記録する公的な作業だとすれば、個人の思い違いや脚色をもうけいれる稲垣立男の仕事は、公的な記録に入りきれない個人の「思い」に逃げ場をあたえ、やわらかに受けとめる装置だ。私的で、思い出の持ち主を心地よく甘やかすこのプロセスは、学問や町並み保存などではカバーできない、まさにアートの領分である。
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